東京高等裁判所 昭和31年(う)2715号 判決
被告人 横山和巧
〔抄 録〕
所論は、要するに、「原判示第二の犯行当時、被告人が心神耗弱の状況にあつたと認定した原判決の事実認定は誤つている」と主張するものである。そこで記録を調査すると、原判決はその挙示する証拠に基き、窃盗、銃砲刀剣類等所持取締令違反ならびに強盗殺人の各犯罪事実を認定したのであるが、そのうち強盗殺人の犯行当時、被告人は心神耗弱の状態にあつたものと認定したことが明らかである。原判決は、被告人の精神状態に右のような障害が存すると認定した証拠として、(1)被告人の検察官に対する各供述調書、(2)被告人の原審公判廷における供述、(3)被告人作成の上申書ならびに(4)鑑定人菅修作成の精神鑑定書、(5)同竹山恒寿作成の精神鑑定書を挙げているが、右のうち(1)乃至(3)は被告人の精神状態が多少異常であつたことを推測させるにとどまり、それだけでは法律上心神耗弱者であると断定するには足りないものである。また(5)の鑑定人竹山恒寿の鑑定の結果は、かえつて被告人には精神障碍がなかつたことを推認させるものであるから、これを被告人が心神耗弱者であつたという証拠に供するのは相当でない。とすると、原判決が被告人の精神状態を心神耗弱と認定するについて、最も有力な根拠となつたのは前記(4)の鑑定人菅修の鑑定結果であると推認されるのである。しかしながら、同鑑定人の鑑定の結果をつぶさに検討し、これを原審鑑定人竹山恒寿の鑑定の結果、ならびに当審鑑定人林[日章]の鑑定の結果と比較対照すると、菅鑑定人の鑑定の結果はこれを採用し難いことが認められる。そして記録を精査し、かつ当審鑑定人林[日章]の鑑定の結果を総合して考えると、本件犯行当時における被告人の精神状態は相当異常ではあつたけれども、真の精神病の場合の如く全く正当の心理による理解を超えた病的のものではなく、了解可能の範囲の域を超えるものではないこと、その犯行形式は従来から興味のあつた方法がとられ、細部にわたつて計画的であつたわけではないが、二、三日前から漠然と考え、前日ピストルを盗んでから翌日銀行に強盗に入るまでは、その間かなり抑制も働いている程で、意識も清明、冷静な判断のもとに行われており、特別な精神障碍があつたとは認められない。もつとも被告人が本件犯行当時、殊に原判示銀行で金員強奪の目的を遂げた後、逃走して追跡を受けた際、追跡者に向つてピストルを発射し、ついに自殺の目的で自己を傷つけるまでの経緯について、被告人は殆んど記憶がない、或いは記憶が不完全であるといつているが、それは当時の感情的興奮、恐怖、緊張による意識の狭窄としても理解できるが事後の心因的の忘却という心理機制の働いていることも否定できないし、また自傷によつて一時失神したことの影響もあると推認されるのである。なお、逃走のため待たせてあつた自動車が使えず、しまつたと思つた瞬間から恐怖、不安のため心理的に高度の興奮に陥つたとしても、それは特に病的な機能的異常を基礎とするものではなく、いわゆる銀行ギャングの企図に着手した以後の一連の行動であり、特別に切り離して考えることは不合理であると認められるから、結局被告人は本件窃盗の犯行当時は勿論、強盗殺人の現行当時においてもその精神状態には著しい障碍はなく、法律上心神耗弱の状況にはなかつたものと断定するのを相当とする。従つて右とその見解を異にし、被告人が原判示第二の犯行当時、被告人が心神耗弱の状況にあつたと認定した原判決は事実を誤認し、ひいて法令の適用を誤つたものであるというのほかなく、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。
(花輪 山本 下関)